2019-04-16

Tomomitsu Gashin: The Japanese Techno Buddhist Monk

Culture

昨今、日本では寺社が主体・舞台としてアートフェスティバルが開かれることが増えている。その先駆けとなったのが、2011年から毎年都内の寺院で開催されている「向源(kohgen)」だ。その代表であり、常行寺副住職のGashin Tomomitsuさんに話を聞く。ステレオタイプとして「禅」のイメージを持たれやすい日本のテンプルカルチャーは、エクレクティックにその姿を変えつつあるのであった。テクノやポストロックと、仏教が混在する異空間がここに。また、Tomomitsuさん自身も時おりDJとしてブースに立つ。

  • Mixmag (hereinafter, M): • まずはクラブカルチャーに傾倒された経緯からお伺いしたいです。


    Tomomitsu (hereinafter, T): 小4ぐらいのときに電気グルーヴに出会って。それがJ-POP以外の音楽への入り口でしたね。Jeff MillsやAphex Twinの存在も中学生の頃には知ってました。ブラバンもやってたし、ジャズなんかも聴いてました。Ko KimuraさんがJ-WAVEでハウスのミックスをかけたりしてたんですけど、あれも大好きだったなぁ。そんなもんで、一通り音楽は聴いてました。


    M: 仏教よりも先にクラブミュージックがあったんですね。まっさらな状態から仏教の道に入られたんですか。


    T: まったく縁遠いものでした。お寺が好きだったこともないし、神道のことなんてまるで知らなかった。年に一回お墓参りに行くぐらいでしたね。書道も苦手だったし。大正大学っていう天台宗(大乗仏教の宗派のひとつ)公認の学校に入るまでは、本当に何も分からなかったです。そこで一通り学んでから、ようやく修行のために比叡山(天台宗の総本山)に行けるようになりました。

  • M: そうして「向源」への道が開けてくるんですね。


    T: 比叡山から帰って来て、嫁と結婚したのが2010年なんです。その1年後の2011年2月12日に子供が生まれた。震災の丸々1カ月前。“じゃあ1カ月検診行くか”って時にそれが起きたんです。そのとき本当に「日本終わった」と思いましたね。で、とっさに子供の顔を見た。これからコイツの人生どうなるんだろうって。僕は宗教者でありながら、そのとき何もしない人間にはなりたくなかった。何より子供に「父ちゃん、2011年のとき何してたの?」って聞かれたときに、「何もしてなかったよ」とは答えられないと思ったんです。震災が起きて「何もしなかった」っていうのは仕方ないことでもあるんだろうけど、僕はじっとしていられなかった。とはいえ、当時は坊さんになってまだ1年なんですよ。自分が持ってるものなんてパーティー仲間とDJの機材ぐらい。それでシンプルに、お寺とパーティーを組み合わせるのはどうだろうかと。

    M: 震災以降、お寺への価値観も見直されましたよね。


    T: そう思います。「お寺って落ち着くよね」って声もよく聞くようになった。であれば、そういう場所としてお寺を使ってもらおうと考えたんです。当時東京から東北にボランティアに行った子たちは、みんな悲惨な現実を目の当たりにして帰って来たんですよ。死体はゴロゴロ転がってるし、腐臭はそこらじゅうから漂ってくるし…。でも新幹線一本乗って帰ってくると、東京の日常が待ってるんです。そのギャップにみんなやられてました。ボランティアの子たちに限らず、東京に住んでいる人たちも外側から入って来る恐怖とか不安で、自分のコップはいっぱいいっぱいなわけですよ。「本当は何がしたいんだっけ?」って考える余裕を誰も持ってなかった。そういうときに「向源」を始めたんです。向かう源(みなもと)で、向源。色々ある時代だけれど、もう一回自分自身を見つめましょうよって意味を込めました。


    M: 今の向源はHaruka Nakamura(日本を代表するエレクトロニカのアーティスト)やTenniscoats(日本のポップユニット)など、名のあるアーティストが多く参加するほど大規模なイベントになりました。仏教のワークショップも開かれるなど、当初に比べてかなり複合的になっているとお見受けします。保守的で厳格なお寺文化の中で、この規模まで持ってくるのは相当な苦労があったのではないですか?


    T: 大変でしたねぇ。初めて増上寺(浄土宗七大本山のひとつ)で開催したときは特に。増上寺以降は、「向源と増上寺がやってるならウチも」みたいな感じで似たようなイベントが他にも増えてきましたけども、それまでは他の宗派のお坊さん同士で集まるなんてことすらなかった。そういう機会があったとしても、雑誌やWebの企画ですね。実際にあるお寺を借りて、異なる宗派のお坊さんがたくさん集まるなんて考えられなかった。ましてや、増上寺。このお寺は浄土宗の本山ですから、坊主になったばかりの、しかも天台宗の本山に属しているわけでもない若造が借りるなんてあり得ないわけです。これは今振り返ってもかなり異常な状態ですね。BMWのショウルームでベンツの車を発表するようなもんです。でもそのときって、天台宗を布教したいわけでもなければ、増上寺のために何かやるってわけでもなかったんです。お寺の世界はよく「本来の教えはこうだ~」という言説がまかり通るんですけど、仏教の教えは元来そういうものじゃない。私たちの「今」をどう生きてゆくか?でしかないんです。極端な例を言うと、寺がなくなる時代が来れば、それはもう“そういうもの”なわけで。そうやって各所を説得して回りました。

  • M: 外国人から見ても、向源はステレオタイプなお寺文化とは離れていると思います。イベントとして海外へのアピールは積極的に行っているのでしょうか?


    T: 3年ぐらい前までは拡大路線でやってて、海外含めてかなりオープンなスタンスで集客してました。当初は70人のイベントだったところ、1万5000人規模まで拡大したんです。英語のみのプログラムも組んでました。ただ、この規模になると目的が変わってきてしまうんですよ。1万5000人集客すると、協力してくれた企業や組織にリターンを求められるんですね。「“源に向かう”とか言ってるくせに、俺ら結局金と数字しか追ってなくね?」と途中で気付いてしまって。


    M: ひとまず縮小するわけですか。


    T: 1万5000人集めた翌年に1000人まで落としました。僕らに利益を求めてくる大企業に協力を仰がず、「本当に必要なことだけをやろう」って方向に切り替えたんです。そうしたら、ニコニコ超会議(登録会員数6000万人を超える日本の動画サイトのイベント。2018年は幕張メッセで開催された)から声がかかった。このイベントには2日間で約15万人が来場しますから、向源MAX時の10倍の人数にアプローチできる。そのうえ場所もイベント側が貸してくれるし、運営も楽だし、至れり尽くせり。


    M: 結果的に向源のブースで行われた「テクノ法要」は、同イベント内で行われた数あるライブパフォーマンスの中でも抜群に注目されましたね。Twitterでもトレンド入りするなど、大きな反響がありました。


    T: テクノ法要については福井の照恩寺(しょうおんじ)の住職、朝倉行宣(Gyosen Asakura)さんの演目です。当初はあのパフォーマンスをステージでやって終わりだったんですけど、それは少しもったいないなと。あのステージの前後に、たとえばお坊さんと話せるようなワークショップがあると、より深く仏教を知ってもらえるのではと考えたんです。それで、僕らから朝倉さんに「ウチのブースでやりませんか?」と提案しました。それがきっかけで、朝倉さんとはアメリカのバーニングマンにも一緒に行きましたね。

  • M: テクノ法要をアメリカで披露したんですか?


    T: そう(笑)。アメリカ人からは興味深いリアクションが返ってきましたよ。彼らの大多数が移民の末裔だから、その土地の上には自分のルーツがないんです。たとえば日系でも日本語が話せなかったり、仏教に馴染みがない人がたくさんいる。でも、仏教に無縁だった人たちから「テクノ法要を聴くと自分のルーツを感じる」って感想を結構もらったんです。仏教的な何かを、自分の中にあるものとして受け止めてくれる人が多かった。

  • M: すごく可能性のある話ですね。日本のエンターテイメントは国際社会から見ると良くも悪くもハイコンテクストであると言われますが、仏教やお寺文化は潜在能力を秘めているように思います。説明が不要でも、人の普遍的な部分に訴えかけることが出来る。


    T: そうですね。でも、僕はそこで「日本は素晴らしい」って感想に至らなくても良いと思ってます。それよりも自分自身がいかに素晴らしいのかに気づいてもらいたい。“向源が素晴らしい”、“仏教が素晴らしい”ではなく、あなたが素晴らしいから世界は成立しているんだってことを実感してもらいたい。座禅して自分と向き合った結果気持ちが晴れたとして、それは向源のおかげでも仏教のおかげでもないんです。最初からあなたの中にあったものだから。

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