東京クラブシーンに衝撃を受け、東京クラブシーンを変えるJOMMYの、軌跡とこれから
2019-10-14

東京クラブシーンに衝撃を受け、東京クラブシーンを変えるJOMMYの、軌跡とこれから

Music

90年代前半、東京のとあるクラブで開催されていたパーティへ遊びに行き、その空間の出来事に衝撃を受け、今の人生があるというJOMMY。ダンサー時代はダンスを通じて、ファッション業界で働くようになってからはファッションを通じて、そしてDJとして高い人気を誇り活動をする現在は、DJとしての目線で東京クラブシーンと向き合い、常に革新的なことを打ち出してきた。今年に入ってからは、テックハウスを中心としたEDGE HOUSEという新しいパーティを毎週土曜日に開催しレジデンツDJとして活躍。そんな常にクラブシーンの最前線にいるJOMMYに、これまでの遊びの軌跡とナイトライフシーンで挑戦していることを聞いてみた。

  • — JOMMYさんが、夜遊びへ行くようになったきっかけは何だったのですか?

    JOMMY(以下、J) 14歳~15歳の頃に、六本木にあったEND MAXというクラブでやっていたパーティCooley Highに初めて行ったのが始まりですね。1992年です。ちょうど、東京の夜がディスコからクラブへ移り変わった時期で、その経験が、僕の人生のタームポイントになったというか。普通の少年が、初めてそこに足を踏み入れて、そこにあった音楽やファッション、そこで出会った人にものすごく衝撃を受けて。僕は、そういったカルチャーを感じる世界で自分の身を投じたいな、と漠然に思ったんですよ。

    ―そこから、ダンスをするようになったんですね。

    J パーティCooley Highでは、ストリートダンスというところに一番早くタッチできたので、当時一緒に遊んでいた先輩たちと一緒にダンサーライフがスタートしました。まだ学生だったんですけど、生活の中心はストリートダンスで、僕は特にクラブでダンスをするということに対して情熱を注いでいました。いろいろな人とのコミュニケーションや、ストリートでは得れないものがクラブにはあったので。当時はナイトライフの中心が六本木だったので、月曜から金曜日まで、土曜日はもちろん、日曜日も六本木にいたかも。西麻布にも遊びに行っていて、YELLOWやJUICEにも行っていましたね。

  • ―90年代後半から、2000年代にかけてはどのように、クラブ遊びは変化していきましたか?

    J 90年代は、ヒップホップやストリートダンスなど、アメリカを中心としたカルチャーに興味を持ったんですけど、90年代末期から2000年代に入ったくらいの頃になると、ダンサーの大先輩でもあるBOBBYさんがヨーロッパから持ち帰ってきた情報で、聴く音楽の幅も広がって、ヨーロッパの音楽やファッションにも興味が出てきて、テクノやトランス、プログレッシヴハウス、2ステップガラージなどを聴くようにもなっていったんです。遊び場も、それまでは六本木や西麻布とかが遊びの中心だったのが、新宿にあったLiquidroomや野外レイヴへ行くようになって。遊び場が変わると、遊ぶ仲間も変わるし、今の僕がやっていることに繋がる、音楽やファッションの土台になった時代ですね。

    ―ファッション業界でも働いていらっしゃいますが、2000年後半のフレンチエレクトロが人気が出た時代は、ファッションと音楽をリンクさせた角度からシーンを見ていらっしゃいましたよね。

    J 2006年や2007年になって、衝撃を受けたのはフレンチエレクトロですね。僕はその頃は、すでに55DSLで働いていたので、ファッションサイドから入っていったけど、DEXPISTOLSの2人(DJ DARUMA & DJ MAAR)や、バリバリヒップホップ現場のKANGOさんのような人たちやブランド、ファッション界隈の人達も当時のエレクトロに注目して、ボーダレスなマッシュアップなスタイルが本当に世界同時多発的に盛り上がりをみせていました。また、東京にはLe Baron de Parisも青山にできて、ファッション系の人たちから、音楽好きまで、東京に新しくコミュニティができ始めたのもその頃で色々な繋がりが出来始めたのもこの頃でした。Le Baronは、当時の東京のクラブシーンでは、要だったのではないかなと思います。

  • ―その頃から少しづつ、DJ活動をスタートしたのですよね。どんなスタイルに惹かれましたか?

    J 僕の場合はダンスをやっていたことがすごく大きいんですけど、ダンスに対しての熱量が年齢と共にクールダウンしてきてダンスにかわる表現として自然とDJに情熱を注ぐようになりました。説明する事でもないのですがダンスって音楽がすごく重要で本当に好きな音楽を自分でディグして、その音楽で踊っていたので、音楽に関しては昔から自分なりに掘り下げていました。なのでスムーズにダンサーからDJとしてシフトが出来たと思います。

    ―90年代あたりは、東京の夜、クラブシーンに関して色気があったと思うんでが、ここ最近は色気がなくなってきているので、欲しいですね(笑)。

    J 今も勿論あると思いますが、90年代は色気に溢れていた感じがたまらなくカッコよかった。まだまだニッチな世界だったと思います。クラブ遊びする人はそれだけ個性や雰囲気ある人が多かった。現在は良くも悪くも、クラブに対しての間口もたくさん増えたというのもあると思います。

  • ―世界スタンダードへ追いつくために、今年2月からEDGE HOUSEを始めたのですか? どんなパーティになるのでしょうか?

    J 今の海外のヨーロッパの流れにあるテックハウスを中心に、テクノやディスコなども取り入れて、僕らなりの新しいテックハウスを紹介できたらと。これまでは、テックハウスはストイックなイメージが多かったと思うんだけど、僕らの思うテックハウスはもっとカラフルな感じ。アンダーグラウドというよりは、楽しいパーティ感がEDGE HOUSE。僕自身は、2年前くらいからヨーロッパやアメリカのテックハウスのシーンに興味を持っていて、これからもっともっと盛り上がっていくのではないかなと感じていたんです。同時に、DARUMAくんも同じところにアンテナが張っていて。ちょうど2019年からVISIONの内容を新しくしていくということで、何か一緒にできないかと話をいただいて、それでEDGE HOUSEをスタートしました。

    ―東京の夜に、パーティをボム(投下)しましたね。

    J 僕らとしては自信をもって、世界と同じ基準のものやろうとしているので。これを本当に2020年に向けて「東京にはEDGE HOUSEっていうパーティがあるんだぞ」って、世界の人たちに向けて発信していく義務があるのかなと思っています。東京、イコールEDGE HOUSE、東京に行ったら、あのパーティに遊びに行きたい、DJをしたいと思ってもらえるように。このパーティが東京で成功したら、DJたちとも、お客さんたちとも、さらにいろいろな人たちと面白いことをシェアできると思っています。

    ―最後に、東京の夜に今後期待することがありましたら教えてください。

    J 僕自身がそうだったように、ナイトライフに出会ったことがきっかけで、人生が豊かになったので、今はEDGE HOUSEを通じて、色々な人に自分自身の人生を豊かにしてもらえるきっかけになってもらえたらいいなと思っています。

  • JOMMY オススメのパーティ&クラブ

  • <1>
    EDGE HOUSE at SOUND MUSEUM OF VISION
    Address:東京都渋谷区道玄坂2-10-7 B1
    Tel:81(0)3-5728-2824
    http://www.vision-tokyo.com

    DJ DARUMA & JOMMYをレジデンツに、今年2月より毎週土曜日に渋谷の大型クラブSOUND MUSEUM OF VISIONで開催しているパーティ。テックハウスを中心に、海外からDJを招き、日本と世界の新しいスタイルのテックハウスを紹介。トリッピーなオリジナルのデコレーションや映像も、音楽同様に新しい世界へと招いてくれる。

  • <2>
    BAR BRIDGE
    Adress:東京都渋谷区渋谷1-25-6 渋谷パークサイド共同ビル10F
    Tel:81(0)3-6427-6568
    http://bridge-shibuya.com

    毎月、第1、第3月曜日にJOMMYがDJをしている渋谷の人気DJバー。こちらではジャンル幅広く、平日の夜に似合う選曲でプレイ。10階にあることから、世界的に有名な渋谷の交差点や夜景を観ながら、リラックスしながら、音楽とお酒を楽しみたいときに。

  • <3>
    翠月
    Adress:東京都渋谷区道玄坂1-22-12 長島第一ビル B1
    Tel:81(0)3-6455-0140

    今年の夏に渋谷にオープンしたばかりの、DJバー。ファッション、音楽、アートと業界系の人たちが多く集い、カルチャーシーンで人気の高いDJがプレイをしている。内装のアートディレクションは、世界的に活躍しているアートディレクターYOSHIROTTENが担当。

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